よく金融や為替の話になると、
「戦後、GHQによって1ドル=360円にされた」
という話が出てくる。
確かにこれは事実であり、
1949年から日本円は1ドル=360円という固定相場に設定された。
しかし、
もっと昔まで遡ると、
日本円は最初から360円だったわけではない。
むしろ円が誕生した明治初期には、
1円=1両=1ドル
という感覚に近い状態から始まっている。
明治4年の新貨条例で「円」が導入された当初、
1ドル=約1円という為替水準だった。

江戸時代のお金は「金属そのもの」だった

江戸時代までの日本では、
小判、大判、銀貨、銅銭など、
実際の金属に価値がある貨幣が中心だった。
つまり、
ただの紙切れではなく、
金や銀そのものに価値があった。
江戸時代の「一両」は、
今で言うブランド紙幣ではなく、
金属そのものに価値がある資産だったのである。
そして明治時代、
円という新しい単位が作られた時、
その価値感覚は、
一両≒1円≒1ドル
に近い状態だった。
つまり当時の日本は、
今のように
「日本円は弱い通貨だ」
という世界ではなかった。
日本という国そのものに価値があった

当時の日本には、
国家としての生産力、
人口、
農業、
職人技術、
地場産業、
武士文化、
地域共同体の力があった。
つまり、
日本という国自体に価値があったのである。
そこから時代が流れ、
日清戦争後には金本位制に移行し、
1ドル=2円前後
の時代が長く続いた。
さらに戦争末期には、
1ドル=4円台程度
まで進んでいた。
戦後、日本円は360円から再出発した

しかし、
敗戦後。
日本は焼け野原になった。
工場も失い、
都市も焼け、
生産力も失い、
国家としての信用も大きく傷ついた。
その結果、
GHQ管理下の1949年、
1ドル=360円
という固定相場から再出発することになる。
つまり、
1円=1ドルから始まった通貨が、
戦後には360円で1ドルを買うしかないほど弱くなったのである。
359円分、
価値が削られた状態からの再出発だった。
それでも日本は復活した

しかし、
そこから日本は高度経済成長を迎える。
工場を建て、
輸出を増やし、
車や家電を世界に売り、
世界有数の経済大国へと変わった。
その結果、
円は360円から、
300円、
200円、
100円、
80円台へと円高になっていった。
つまり、
日本そのものの価値が上がったのである。
円高・円安は「基準」で変わる

だから人によって、
円安円高の感覚は違う。
1ドル=360円時代を知っている人からすれば、
今の150円前後は、
「まだまだ円高」
に見えるかもしれない。
一方で、
1ドル=80円〜100円の時代に商売をしていた人からすれば、
150円〜160円は、
とんでもない円安に見える。
さらに、
明治初期の1ドル=1円という感覚を知っている人からすれば、
今の日本円は、
ずっと円安のままなのかもしれない。
つまり、
円高、円安というのは、
実は絶対的なものではなく、
「どこを基準に見るか」
「どの時代を知っているか」
によって変わる言葉なのである。
円の価値は「国力」で決まる

だから、
今の日本円だけを見て悲観する必要はない。
大切なのは、
過去を知ること。
自国通貨の歴史を知ること。
自国の生産力を知ること。
自国企業の価値を知ること。
今の円が150円だから弱い。
ドルが強いから勝てない。
そういう短絡的な話ではない。
日本には、
技術がある。
文化がある。
職人がいる。
製造業がある。
アニメやゲームがある。
食文化がある。
観光資源がある。
世界に誇れる企業もある。
本来、
日本円の価値とは、
日本人一人ひとりの生産力と信用によって作られている。
最後に

だからTAOISMでは、
国外への分散投資や外貨保有も大切にしつつ、
自国の株、
自国の企業、
自国の産業、
自国の通貨も信じて支えることが大切だと考える。
円が弱っている時こそ、
日本を見捨てるのではなく、
日本を理解し、
日本の価値を再確認し、
自国通貨を愛し、
自国企業を応援する。
それが、
子や孫の世代に、
もう一度強い円を残すことに繋がるのではないだろうか。
円とは、
ただの数字ではない。
円とは、
日本という国の信用そのものなのである。

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