真・感謝のススメ|感謝とは「感じる謝」である

私たちは日常的に「ありがとう」という言葉を使います。
しかし、その本質をどこまで理解しているでしょうか。

感謝という言葉は「感じるに謝」と書きます。
この構造にこそ、本質が隠れています。

感謝とは単なる礼儀ではありません。
感じた謝意を表現する行為です。

目次

本質とは

TAOISMでは、感謝を二つに分けて捉えます。

①言葉での感謝
②状態としての感謝

①は行為に対する反応です。
何かをしてもらったときに「ありがとう」と伝える。
社会的なコミュニケーションとしての感謝です。

②は存在に対する認識です。
今ここにあること、支えられていることに気づき、感じている状態。
これは言葉を超えた感謝です。

この二つは似ているようで、本質的に異なります。

①は「言ったかどうか」で評価されます。
②は「感じているかどうか」で決まります。

①は動詞的な感謝。
②は状態としての感謝です。

理屈とは

そしてもう一つ重要な視点があります。

感謝の中には「謝」が含まれているということです。

これはネガティブな意味の謝罪ではありません。
誰かが代わりに手間を引き受けてくれたことへの気づきです。

例えば、食事。

目の前にある食事は、誰かが作ってくれたものです。
材料を買い、時間を使い、手を動かしてくれた。

さらに言えば、食材そのものもまた命です。
自分の栄養として存在を差し出してくれている。

ここに気づいたとき、自然とこういう感覚が生まれます。

・代わりにありがとう
・大切にする
・粗末にしない

この感覚こそが、感謝の深層です。

実践

では、どうすればこの状態に辿り着けるのか。

鍵となるのが「謝罪の構造」です。

謝罪もまた二つに分けられます。

・言葉としての謝罪
・態度や行動としての謝罪

そして本質的な謝罪には、三つの要素が含まれます。

・反省
・改善
・実践

何かが起きたとき、人はまず受け止めます。
そして受け入れるか、受け流すかを選びます。

受け入れた場合、反省が生まれます。
次に改善の意識が生まれます。
そしてそれを実践に移します。

この流れを繰り返すことで、人は変化していきます。

気づき

ここで重要なのは、このプロセスの先に「感謝」があるということです。

反省→改善→実践→感謝

もしくは

反省→改善→実践→反省→改善→…

この循環の先に、自然と感謝の状態が生まれます。

つまり感謝とは、結果として現れるものです。

無理に言葉で作るものではありません。
内側の変化が外に現れた状態です。

自分は「言っているだけの感謝」になっていないだろうか。
本当に感じているだろうか。

当たり前を当たり前のまま流していないだろうか。

Taoismの教え

TAOISMではこれを「整う」と捉えます。

日々の当たり前を見直すこと。
無難として流していたことに気づくこと。

当たり前を「有り難い」として捉え直すこと。

感謝は特別な行為ではありません。
日常の解像度を上げた結果です。

そして感謝にはもう一つの側面があります。

それは幸福との関係です。

感謝できる人は、幸福を感じやすい。
感謝できない人は、満たされにくい。

これは精神論ではありません。
認知の構造です。

同じ現実でも、どう捉えるかで感じ方は変わります。

感謝はその捉え方を変える技術です。

思考を整える。
認識を整える。
行動を整える。

その先にあるのが、自然に湧き上がる感謝です。

今日、当たり前だと思っていることを一つ見直すこと。

その一歩が、
真の感謝の始まりであり、徳を磨き、共同体と共に歩む道となります。

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