TAOISM 〜 自己肯定感と他者否定感 〜

「自己肯定感を高めましょう」

昨今、よく聞く言葉である。

しかし、その自己肯定感は本当に自己完結しているだろうか。

自分自身を肯定しているようで、
実は誰かよりマシだったから安心しているだけではないだろうか。


目次

比較の上に成り立つ安心

誰かより稼いでいる。
誰かより若い。
誰かより優秀。
誰かより恵まれている。

その比較の上に立って、

「ああ、自分はまだ大丈夫だ」

と感じているのであれば、
それは自己肯定感ではない。

他者否定感である。

他人を下に置くことで、
自分を上に感じる。

誰かを笑うことで、
自分を守る。

誰かの失敗を見て、
安心する。


比較的幸福感の脆さ

これは一瞬の幸福感にはなる。

しかし、その幸福は非常に脆い。

なぜなら、

比較によって得た幸福は、比較によって壊れるからである。

自分より下を見つければ安心し、
自分より上を見つければ不安になる。

つまり、

幸福の主導権を他人に握られている状態

である。


実感的幸福感という軸

では、どこに軸を置くべきか。

昨日の自分と比べてどうか。

少し成長したか。
少し優しくなれたか。
少し前より整ったか。

この比較は、他人ではなく自分との対話である。

ここから生まれるのが、

実感的幸福感

他人がどうであれ、
自分の中に確かな充実がある状態。


感情の正体

人は誰かを見下したとき、
その相手に過去の自分を重ねていることが多い。

昔の未熟さ。
弱さ。
情けなさ。

それを他人の中に見つけたとき、
安心のために否定してしまう。

一方で、

羨ましいと感じた相手には、
未来の自分の可能性を重ねている。

つまり、

他人への感情は、自分の過去と未来への感情である。


比較の終着点

比較と否定を繰り返すとどうなるか。

見下しても安心できない。
羨んでも苦しい。

その繰り返しの先にあるのは、

自己否定

比較する癖がついた人間は、
最後には自分自身も比較の対象にするからである。


TAOISMの視点

TAOISMにおいて大切なのは、

比較をやめることではない。

比較の対象を変えること。

他人ではなく、過去の自分。

誰かを否定して安心するのではなく、
昨日の自分より少し良くなることで安心する。


結び

他人を下げて得る幸福は、いずれ自分を壊す。

自分を整えて得る幸福は、
自分も他人も傷つけない。

あなたの幸福感は、他人次第だろうか。

それとも、自分の中で完結できているだろうか。

その違いが、人生の安定感を大きく変える。

本当の幸福とは、
誰かより上に立つことではない。

昨日の自分より、

少し穏やかで、
少し整っていて、
少し前に進めていること。

それだけで十分なのである。

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